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    トマソンと少年

    2013.05.14 Tuesday
    0
        「トマソンと少年」

 トマソンというサッカー選手と少年のエピソード

 それはある握手会でのことであった。デンマーク代表チームは練習を公開し、キャンプ地である和歌山県民との交流を積極的に行った。
 練習後には地元のサッカー少年たちとミニサッカーを行い「握手会」、「サイン会」もたびたび行った。そのひとコマの話である・・・・

 あの日も、いつものごとく「サイン会」が行われた。
 気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった。あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた。気軽にサインをするデンマーク選手たち,もちろんトマソンもその中にいた。

 その最中のことである。トマソンの前にある少年が立った。
 彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた。
 後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた。

 トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう,通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた。
 意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した。それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという。
 英語で書いたその紙切れにはこう書いてあった

 「ボクは小さいころに、病気にかかって口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです。デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです頑張ってください」と・・・その手紙に通訳も,その場にいた我々記者も驚いた。
言葉が出なかった・・・

 だが、トマソン選手はニッコリと微笑みながら少年に「それなら君は手話はできますか?」と手話で語りかけた。
 その『言葉』に驚く少年と母親。再度聞くトマソン。「手話はわかりませんか?」と・・・。
 それを見ていた記者はトマソンに英語で言った。「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った。
 手話を万国共通と思う人が多いのだが,国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う。 「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン。
 そして彼は通訳にこう言った。
「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った。微笑んで「わかりました」と答える通訳。

 トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」と言った。 後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう。
 そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった。

 「君はサッカーが好きですか?」

 「はい。大好きです」

 「そうですか。デンマークを応援してくださいね」

 「はい。あの聞いていいですか」

 「いいですよ。何でも聞いてください」

 「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」

 この少年の質問に彼は答える。

 「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます。その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・その彼の言葉をじっくりと読む少年。そしてトマソンは少年に言った。

 「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています。君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」

 この言葉に黙ってうなずく少年。

 「わかっているなら、オーケー!誰にも辛いことはあります。君にもボクにもそして君のお母さんにも辛いことはあるのです。それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った。

 このやり取りに涙が止まらない母親・・・・

 この光景を見ていた我々記者も涙した。その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した・・・そして、トマソンは最後に少年にこう言った。

 「ボクは今大会で1点は必ず獲ります。その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように ボクは祈っておきます」

 この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた。

 「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った。そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親。私の取材に母親は目に涙を浮かべて言った。

 「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ。日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と涙を流し、笑いながら言った・・・・

 そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた。



1点どころか、彼は4得点という 大活躍だった。



こんなトマソン、デンマークを見た私はいっぺんにファンになってしまった。

 1次リーグでフランスという前回のW杯覇者と同組だったデンマーク。しかし彼らをボクは応援した・・・もちろん和歌山県民も応援に訪れた。試合会場が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた。

 デンマーク代表チームのオルセン監督はこう言った。
 「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかったあれが我々の力になった」と・・・和歌山県民の応援も実ったのであろう,フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分けで見事1位での予選通過を決めたのである。

     
                2002年 日韓W杯でのデンマーク代表チーム


 そして、向かえた決勝トーナメント1回戦。場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった。スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた。

 その声に私は叫ぶ。「にわかイングランドファンを黙らせろ!ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた。
 だが・・・この応援も残念ながら届かなかった。和歌山県民の想いも通じなかった。
 デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまった。その日の和歌山県には雨が降ったという。県民の涙雨だったのかもしれない・・・・

 負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた。
 「よく頑張った!」「後は彼等にこころよく母国に帰ってもらおう!」という言葉が和歌山県民の合言葉になった・・・
 だから、和歌山県民は「デンマークお疲れさま!会」なるものをデンマーク代表の宿泊先のホテルで盛大に開催した。
 そこに駆けつける多数の県民・・・会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた。
 その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督。もちろんデンマーク選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた・・・・

 そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた。
 少年と母親もその会に出席していた。少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン。
 トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる。少年はトマソンへ笑顔を向ける。

 そして、トマソンは少年にこう語りかけた・・・

 「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた。
 これに少年は答える。

 「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです。それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・

 「ありがとう」と言うトマソン。そして、この少年にトマソンは言った。

 「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」

 「はい」

 「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている。それは神様が決めたことであり、今からは変えられない。ボクが言いたいことわかりますか?」

 「はい」

 「神様は君に試練を与えたけど、君にも必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです。そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った。

 この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った。

 そして2人は・・・「さようなら」,「頑張って」という言葉を残し別れを告げた。

 最後に2人は仲良く写真におさまった。
 飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人。

 この写真はきっと少年の宝物になることだろう。
 トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・彼の転機になることを私は祈ってやまない

 小さな少年、心優しきトマソンにこれからも栄光あれ・・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

少年との約束によって、トマソンも何か力を得たのではないでしょうか?
写真はトマソンのゴール直後のものです

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       「トマソンと少年」

       トマソンというサッカー選手と少年のエピソード

       それはある握手会でのことであった。デンマーク代表チームは練習を公開し、キャンプ地である和歌山県民との交流を積極的に行った。
      ...  練習後には地元のサッカー少年たちとミニサッカーを行い「握手会」、「サイン会」もたびたび行った。そのひとコマの話である・・・・

       あの日も、いつものごとく「サイン会」が行われた。
       気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった。あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた。気軽にサインをするデンマーク選手たち,もちろんトマソンもその中にいた。

       その最中のことである。トマソンの前にある少年が立った。
       彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた。
       後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた。

       トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう,通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた。
       意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した。それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという。
       英語で書いたその紙切れにはこう書いてあった

       「ボクは小さいころに、病気にかかって口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです。デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです頑張ってください」と・・・その手紙に通訳も,その場にいた我々記者も驚いた。
      言葉が出なかった・・・

       だが、トマソン選手はニッコリと微笑みながら少年に「それなら君は手話はできますか?」と手話で語りかけた。
       その『言葉』に驚く少年と母親。再度聞くトマソン。「手話はわかりませんか?」と・・・。
       それを見ていた記者はトマソンに英語で言った。「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った。
       手話を万国共通と思う人が多いのだが,国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う。 「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン。
       そして彼は通訳にこう言った。
      「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った。微笑んで「わかりました」と答える通訳。

       トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」と言った。 後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう。
       そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった。

       「君はサッカーが好きですか?」

       「はい。大好きです」

       「そうですか。デンマークを応援してくださいね」

       「はい。あの聞いていいですか」

       「いいですよ。何でも聞いてください」

       「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」

       この少年の質問に彼は答える。

       「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます。その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・その彼の言葉をじっくりと読む少年。そしてトマソンは少年に言った。

       「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています。君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」

       この言葉に黙ってうなずく少年。

       「わかっているなら、オーケー!誰にも辛いことはあります。君にもボクにもそして君のお母さんにも辛いことはあるのです。それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った。

       このやり取りに涙が止まらない母親・・・・

       この光景を見ていた我々記者も涙した。その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した・・・そして、トマソンは最後に少年にこう言った。

       「ボクは今大会で1点は必ず獲ります。その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように ボクは祈っておきます」

       この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた。

       「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った。そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親。私の取材に母親は目に涙を浮かべて言った。

       「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ。日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と涙を流し、笑いながら言った・・・・

       そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた



      1点どころか、彼は4得点という 大活躍だった。



      こんなトマソン、デンマークを見た私はいっぺんにファンになってしまった。

       1次リーグでフランスという前回のW杯覇者と同組だったデンマーク。しかし彼らをボクは応援した・・・もちろん和歌山県民も応援に訪れた。試合会場が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた。

       デンマーク代表チームのオルセン監督はこう言った。
       「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかったあれが我々の力になった」と・・・和歌山県民の応援も実ったのであろう,フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分けで見事1位での予選通過を決めたのである。

           
                      2002年 日韓W杯でのデンマーク代表チーム


       そして、向かえた決勝トーナメント1回戦。場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった。スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた。

       その声に私は叫ぶ。「にわかイングランドファンを黙らせろ!ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた。
       だが・・・この応援も残念ながら届かなかった。和歌山県民の想いも通じなかった。
       デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまった。その日の和歌山県には雨が降ったという。県民の涙雨だったのかもしれない・・・・

       負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた。
       「よく頑張った!」「後は彼等にこころよく母国に帰ってもらおう!」という言葉が和歌山県民の合言葉になった・・・
       だから、和歌山県民は「デンマークお疲れさま!会」なるものをデンマーク代表の宿泊先のホテルで盛大に開催した。
       そこに駆けつける多数の県民・・・会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた。
       その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督。もちろんデンマーク選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた・・・・

       そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた。
       少年と母親もその会に出席していた。少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン。
       トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる。少年はトマソンへ笑顔を向ける。

       そして、トマソンは少年にこう語りかけた・・・

       「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた。
       これに少年は答える。

       「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです。それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・

       「ありがとう」と言うトマソン。そして、この少年にトマソンは言った。

       「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」

       「はい」

       「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている。それは神様が決めたことであり、今からは変えられない。ボクが言いたいことわかりますか?」

       「はい」

       「神様は君に試練を与えたけど、君にも必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです。そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った。

       この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った。

       そして2人は・・・「さようなら」,「頑張って」という言葉を残し別れを告げた。

       最後に2人は仲良く写真におさまった。
       飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人。

       この写真はきっと少年の宝物になることだろう。
       トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・彼の転機になることを私は祈ってやまない

       小さな少年、心優しきトマソンにこれからも栄光あれ・・・・

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      少年との約束によって、トマソンも何か力を得たのではないでしょうか?
      写真はトマソンのゴール直後のものです
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